菜根譚販売の株式会社エイワ食品:菜根譚は癒しの原点

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松原 榮(昭和13年2月25日生)


昭和47年、自分の年齢は30代半ばで、大阪難波で建築不動産業、そして沖縄で設立していたレジャー企画会社を経営していました。沖縄で飲み、難波で飲み、の毎日で、暴飲暴食の生活でした。特に肉食の多い日々でした。

この頃、夜中に眼が覚めると汗の臭いがきつく、異常に喉が渇き、冷蔵庫のキリンレモンを一気に2本も飲み干す状態でした。手足の痺れや体力も異常に落ち、少し歩くと汗が吹き出る状態なので、仲間とゴルフに行っても全ラウンド体力が続かずギブアップして先に上がる時もありました。

また食事の時、指先の感覚がおかしく、いかの刺身やコンニャク等ははさむのに難儀しました。

思い悩んで病院へ

沖縄協同病院に行き、診察を受けました。医師に「血圧が少し高く、自律神系失調症」と診断され、その時以来血圧降下剤を服用しています。ちなみに血糖値は100以下でした。

昭和59年…年齢48歳

がむしゃらに10年が過ぎました、2年前から現在の仕事に転職しています。この頃の自分の体力は10年前より不思議なほど回復していましたが、50kmほど離れた催事先の現場で4〜5メートル先にいる店員さんの顔がぼやけてよく見えませんでしたので、一度人間ドッグに行きました。

この時も検査結果は「血圧は高いが糖尿病の心配はなく、自律神経失調症」と診断されました。「眼の方は疲れ眼で、年齢的に老眼ではないでしょうか」と言われました。そう言われれば、この頃パソコンを購入して時々使用していましたが、妻の老眼鏡を借りなくては文字が見にくい状態でした。しかし20年を過ぎた今現在、このように肉眼で文字が打てるのも不思議です。

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